"研究計画"からの抜粋

  もしよろしければ、意見を聞かせて下さい。
  今後も、いくつかのフェローシップをこれで申請しようと考えているので。



【研究目的】

 言語を操るという能力は、ヒト(Homo Sapience)のみに与えられた特殊な能力である。ヒトがどのようにして言語を習得するかについては、言語学や心理学の分野であって、これまで生物学的に研究されることはほとんどなかった。そこで本研究は、生物学的アプローチの先駆的研究になるべく、家族性の言語障害として知られている"特定言語障害"に関わる遺伝子の単離を目指す。言語学や心理学による当該障害に関する研究の充実と、分子生物学・分子遺伝学の大きな進歩のおかげで、今日になって初めて本研究が可能になった。ヒトと言語の関係について生物学的な理解を深め、ヒト脳の高次機能を分子の言葉で説明しようと試みる。


【特定言語障害(SLI)とは】

 精神遅滞などの認知障害や知能障害、聴覚疾患などの知覚障害、自閉症などの社会的障害がいずれも認められないのに、言語発達の遅い子どもがいる。彼らはようやく話しはじめても、最初のうちは明瞭な発音が出来ない。また、成人してからも、文法上の誤りをおかしやすいといった症状をしめす。このような子どもは特定言語障害(SLI)と診断され、アメリカでは約5%の子どもがSLI患者であると見積もられている。なお、日本においてもほぼ同程度の割合の子どもがSLI患者であると想像されるが、現在のところ、くわしい調査は行われていない。

 SLIが明らかな家族性の障害であることは、長年の統計調査から明らかになっていた。近年、遺伝的要因と環境的要因を区別するため、大規模な双子調査が行われた。その結果、二卵性双生児の場合、片方がSLIのときもう1人がSLIである確率は46%だったのに対し、一卵性双生児の場合は70%に達した。また、SLIと診断する基準を厳しくすると、一致率はそれぞれ約50%と100%になった。このことから、SLIは常染色体優性遺伝を示すと考えられている。ただし、調査対象の子どもの年齢が上がるに従い、理想的なメンデルの法則からかけ離れていくため、多因子遺伝病の可能性も十分に考えられる。


【研究方法】

■原因候補遺伝子の座位の同定

 これまでに、受入研究者(Wexler教授, MIT)は、Rice教授(カンザス大)と共同で、これまでに150以上の家系からDNAサンプルを収集している。ここで協力していただいた家族については、両博士たちが発達言語学的に表現型を詳細に調査している。同時に300人以上の兄弟姉妹のサンプルも収集しており、リンケージ解析に適したサンプルがすでに存在している。そこでまず、多型マーカーを利用したリンケージ解析によって、SLIを引き起こす原因遺伝子の座位を同定する。

 マイクロサテライトの多型を用いた定法以外に、原因候補遺伝子の座位を突き止めるアプローチが2つ考えられる。

 ひとつは、SLIとともに精神発育遅延を伴った患者が存在することを利用する。これまで言語学者や心理学者は、知的・精神的に異常がないのにもかかわらず言語習得のみに異常を示すことから、SLIに注目してきた。そのため、その他の異常を伴う子どもは研究の対象から外されてきたという経緯がある。SLIとともに精神発達遅滞を伴う患者の染色体を調べることによって、転座や欠失などの染色体異常が見つかるかもしれない。この染色体異常の部位がSLIと関連している可能性が大きく、原因候補遺伝子のおおよその座位を推定することができる。

 もうひとつは、SLIに似て非なる症状を呈する子どもが存在することを利用する。上述したように、SLI患者の子どもは、発声や文法習得に困難をきたすだけでなく、言葉を話しはじめる時期が正常児よりも遅いのが特徴のひとつである。しかしながら、文法修得などは苦手であるが、言語発達は正常という子ども(家系)が存在する。この言語障害とSLIの両方を同時にリンケージ解析することによって、有用な情報を得ることが出来るかもしれない。ただ、この障害に関しては現在のところ、SLIとは原因遺伝子を異にする可能性も否定することは出来ない。

■原因候補遺伝子の同定

 リンケージ解析等によって原因候補遺伝子のおおまかな座位を明らかにすれば、1塩基ポリモルフィズム(SNP)を利用し、さらに目的の座位を絞り込むことが出来る。受入研究者を中心にSLIの家系のDNAサンプルは継続して収集されており、より詳細な解析が可能になる。2001年までに20kbpに1個の割合でSNPを同定するプロジェクトもあり、ヒトゲノム配列の解読終了やESTデータベースの充実によって原因候補遺伝子は迅速に同定できると期待される。

■原因候補遺伝子とSLIとの関連の解明

 本研究の最後の段階では、ここまでに同定した原因候補遺伝子がSLIの原因遺伝子であるかどうかを、表現型と照らし合わせて調べる。多数のSLIの子どもから、その遺伝子に点突然変異が存在するかどうかを検索する。また、この遺伝子の発現調節を、組織レベル・発達レベルで解析し、言語(母語)習得の臨界時期との関連等を調べる。しかしながら、ヒトを用いた解析には限界があるため、マウスの相同遺伝子を単離し、マウスを用いて詳細な分子生物学的解析を行おうと考えている。はたして相同遺伝子がマウスに存在するのか、存在するならどのような役割を担っているかなど、基本的だが重要な研究が展開できよう。その際は常に、生物学的な意義だけではなく、言語学的な意義に留意しながら研究を進めていきたい。


2000/04/18